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大阪地方裁判所 昭和43年(手ワ)2612号 判決 1970年1月30日

原告 株式会社 証金

右訴訟代理人弁護士 江谷英男

同 藤村睦美

被告 和束運輸株式会社

右訴訟代理人弁護士 福井秀夫

主文

一、原告の第一次請求を棄却する。

二、予備的請求につき、

被告は原告に対し、金七〇六、七〇〇円、及びこれに対する昭和四三年八月二一日から完済まで年五分の金員を支払え。その余の予備的請求部分を棄却する。

三、訴訟費用は被告の負担とする。

四、この判決は、原告において金一五万円の担保を供するときは、その勝訴部分に限り仮に執行できる。

事実

(申立)原告は左記判決並びに仮執行の宣言を求めた。

「被告は、原告に対し、金八〇万円及びこれに対する昭和四三年八月二一日から完済まで年六分の金員を支払え。訴訟費用は被告の負担とする。」

被告は請求棄却の判決を求めた。

(請求の原因)<省略>

(その余の原告の主張)

<前略>

二、予備的請求の原因

仮りに被告に本件手形振出人としての義務がないとしても、次に述べるところにより、被告は民法七一五条の使用者責任を負うべきである。即ち、前記のとおり被告の被用者として前記職務に従事していた訴外早川が、訴外岡田の言を軽信した過失により、被告代表者に無断で本件各手形を振り出したものであり、右振出行為が被告の事業の執行についてなされたというべきことは多言を要しないところであるから、被告は、同訴外人の使用者として、第三者たる原告が本件各手形を取得したことにより蒙った損害を賠償すべき義務があるところ、原告は前記訴外会社に対し、昭和四二年三月二九日(1)の手形について金二五七、七〇〇円(手形金額から、右同日より満期日まで九四日間の日歩一五銭による割引料金四二、三〇〇円を控除したもの)、(2)の手形について金四四九、〇〇〇円(手形金額から、割引日たる同年六月一四日より満期日まで六八日間の前同率による割引料金五一、〇〇〇円を控除したもの)、以上合計金七〇六、七〇〇円の割引金を交付して本件手形二通の裏書を受けたのにかかわらず、右各手形の振出が偽造でありかつ、訴外会社も倒産しているためこれが回収をすることができず、右同額の損害を蒙った。よって、ここに被告に対し右損害金及びこれに対する訴状送達の日の翌日から完済まで、民法所定年五分の遅延損害金の支払を求める。

(被告のその余の主張)

一、第一次請求の原因について。

(一)  本件各手形は偽造されたものである。即ち、前記訴外会社代表者岡田時由は、昭和四三年三月二六日頃、被告代表者杉本嘉造に対し、被告振出手形を貸与されたい旨申し入れてきたが、被告代表者がこれを拒絶したのにかかわらず、翌二七日頃、被告社員訴外早川聖に対し、被告代表者の承諾を得ているから、被告の手形用紙及び印顆を直ぐに同訴外会社に持参せよと連絡し、その旨誤信して被告方ロッカーに保管中の被告社印及び代表者印を持ち出し、これを使用して銀行から手形用紙をもらい受けて持参した訴外早川に対し、更に、同訴外会社が訴外光運送から毎月約四五万円の受取分があるから被告には迷惑はかけないし、被告代表者との間で、金額三〇万円の手形三通の融通を受ける話合ができている旨を告げて、その旨訴外早川を誤信させたうえ、同訴外人をして所携の手形用紙三枚の各振出人欄に、前記被告の社印及び代表者印を押捺させ、その余の手形要件はすべて白地としたままの手形三通の交付を受けてこれを騙取したものである。

ところで、訴外早川は、同日被告方に帰社した直後、被告代表者の妻杉本キヨノに対し、前記訴外岡田の言明した事実の真偽を確めたところ、そのような事実がないと否定されたので、その翌日訴外岡田に対し、前記三通の手形の返却方を要求したところ、同訴外人から手形は既に他で割引を受けていて返却できないが期日には必ず自分が決済する旨の回答があったので、被告代表者に右事実を打ち明けることができないまま経過するうち最初の満期(昭和四三年五月三日)の金額四五二、〇〇〇円(金額三〇万円とする旨言明しながら右金額を記載したもの)の手形一通を、訴外岡田において決済できない旨の連絡を受けるに至ったので、ここに、やむなく被告代表者に対し、訴外岡田のため右一通のみを無断で振り出し貸与したと告白したのである。これに対し、被告代表者はいたく憤激したが、その直後訴外岡田から金額三〇万円の小切手と現金一五二、〇〇〇円を送金してきたので、右手形一通を不渡りとしないで決済したのであるが、右経緯からも分かるように、被告において右手形の振出を承認して決済したものではない。

ところが、前記三通の残り手形二通について、同年六月一二日頃、訴外岡田から訴外早川に対し、訴外会社が殖産信用金庫の保証により中央信用金庫から金三〇〇万円を借り受けてこれを殖産信用金庫に定期預金としたうえ、同金庫から金八〇〇万円の融資を受ける予定であり、従って、右残り手形二通(金額合計金六〇万円)の決済もできるし、資金的にも十分余裕が得られるから、更に被告振出名義の手形合計金額二〇〇万円のものを貸与してほしい旨の要求があったところ、右残り手形について被告代表者に告白していないため、これが発覚することをおそれた訴外早川において、右訴外岡田の要求に応ずれば右発覚が防止されるのみならず、あらたに貸与する手形も確実に訴外岡田によって決済されると誤信し、前同様被告代表者に無断で、被告代表者印等を持ち出し、訴外岡田方において同訴外人の指示するところに従い、所携の手形用紙五通の振出人欄に被告代表者の記名押印をし、その余の手形要件をすべて白地のまま――但し手形金額合計を金二〇〇万円とする約束で――これを同訴外人に交付したものであって、本件手形二通は右前後二回にわたり偽造され、かつ詐取されたものの一部である。

<後略>

理由

一、原告の第一次請求についての判断

(一)  原告が、被告振出名義の本件手形二通を所持していることは当事者間に争いがなく、原告が裏書の連続ある所持人であることは、<証拠>の記載によって認められるところ、被告が本件各手形を振り出した事実(中略)を肯認するに足る的確な証拠がない。却って、<証拠>を綜合すると、本件各手形は、被告主張の経緯をもって、振出権限を有しない被告の社員訴外早川聖によって偽造されたことが認められ、右認定を動かすに足る確証がない。<中略>

(三)  そうすると、被告に本件各手形振出人としての責任があることを前提とする原告の第一次請求は、その余の点について判断するまでもなく失当であるからこれを棄却する。

二、予備的請求に対する判断

原告は、本件各手形が被告の被用者たる訴外早川聖によって偽造されたとすれば、右は同訴外人において被告の事業の執行につきなした行為であるから、被告は同訴外人の使用者として、右偽造により原告が蒙った損害を賠償する義務があると主張するので考えてみる。

(一)  訴外早川聖が被告の被用者として記帳事務及び事故係としての職務に従事していたほか、被告代表者の指示により手形上に被告会社の記名印を押捺する等、手形振出に関する補助的事務にも従事していたこともあったことは前認定のとおりであるところ、かかる職務に従事している被用者が、使用者に無断で使用者名義の手形振出を偽造することが、使用者の事業の執行にあたると解すべきことについては多言を要しないところである。ところで、本件においては、本件手形二通共そうであるかどうか詳かにすることができないが、訴外早川において訴外岡田に対し第一回目に振り出した手形三通は、訴外早川に手形偽造の意思がなく、訴外岡田が情を知らない訴外早川をして作成させたもので、偽造者は訴外岡田であるというべきものである点に、通常の被用者による手形偽造の場合と趣を異にする。しかしながら、この場合においても、訴外早川が訴外岡田の虚言を真実であると軽信し、被告代表者にもその妻にも訴外岡田の申立内容を事前に確めることをしなかったことは前示認定のとおりであるから、少なくともこの点について訴外早川に被用者として尽くすべき注意義務を怠った過失があるというべく、同訴外人について刑法上の手形偽造罪が成立しないとしても、民法七〇九条の過失による不法行為が成立するといわねばならない。いわんや第二回目の五通の手形振出については訴外早川の偽造行為が成立することはいうまでもない(本件(2)の手形が、その振出日の記載等からみて右五通のうちの一通であると考えられる。)。

そうすると、被告は、訴外早川聖の本件手形偽造なる不法行為により、第三者たる原告が蒙った損害を、使用者として賠償する義務があるといわねばならない。

(二)  よって原告の損害額について考えてみる。

証人堀義春の証言と、これにより真正に成立したと認められる甲第三号証、ならびに弁論の全趣旨によると、原告が、その主張の日にその主張の割引料を控除した残額合計金七〇六、七〇〇円を割引金として前記訴外会社に支払って本件手形二通の裏書を受けたことが認められ、右認定を左右するに足る証拠がない。そうすると、原告は、本件各手形が偽造なることを理由に支払を受けられないことにより、右割引金相当額及びこれに対する各割引日以後にして本件訴状送達の日の翌日から完済まで年五分の割合による民法所定遅延損害金相当の損害を蒙っているものといわねばならない。(なお、付言すれば、手形所持人は、手形偽造による損害として、手形割引金のみならず得べかりし利益の喪失による損害として割引料相当額をも請求し得るのであるけれども((当裁判所昭和四四・六・一九判決、週間金融商事判例一七七号一五頁参照))、本件においては、原告から右趣旨の主張がなされていないから、弁論主義のたてまえ上、割引料相当額を損害として判断するわけにいかない。)。

(三)  してみると、原告の予備的請求中(二)において判示した限度の支払を求める部分を正当として認容し、右限度を超える部分を失当として棄却すべきである。<以下省略>。

(裁判官 下出義明)

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